雪彦山について

2004年 7月18日
本多(記録)・日置


2004年 8月 1日
2004年10月10日
2004年10月17日
本多(記録)・Kさん(他会)


 今年、どうしたことか?雪彦に4回も行きました。人の噂を聞いて、怖い不行岳に行きたくなったからです。今人が入ってない、怪我人が多い、女性は殆ど入ってない、なんて聞いたら、すぐその気になる。これで怪我したら、もう立ち直れなくなるHONDAなのに....。自分自身解っているのだが....?。
やめられない。止められない。


【1】7月18日
 三峰正面−新しいぺッツルが打たれてあり、新ルートらしい。全部アブミでは、つながらない。なかなか遠い所有り、フリーが入る。1ピッチで止める。違った所から、白い壁に行く。乗っこしに蜂の巣が有る事を知らなく、突っ込んでしまう。その上にピンが有るので、往生する。後から来た日置さんが、キイロスズメバチに刺されて大騒ぎ。最初騒ぎ過ぎた私のせいらしい。あしからず。時間切れで不行岳は取り付けを見るだけで終る。

【2】8月 1日
 Kさんに誘われて、不行岳−弓状クラック右ルートに行く。先ずは三峯の友人登路ルートから。出だしは今行かれて無く、草が生えている。よって前傾ハングからA0で、3ピッチ目で、白い壁の上にでる。なかなかの物です。ルート図と一寸違うが?。全部で4ピッチです。次は、不行岳、緊張高まる。木の所で確保だが、落石が多いのでもっと下でする。核心部のクラック、やっぱり岩が脆い。リードだったらビビリが入りそう。全部で3ピッチです。一応釣瓶で登りましたが、今回はいつも優しいピッチに当たる。トータル2時問50分で終了。上出来らしい?。


【3】10月10日
 今度は、不行岳−逆くの字ルートに挑戦。Kさんが、最近挑戦したが失敗。間違って11ぐらいのノーピンルートを行ったと豪語。確保のピンも、いまいち。自分が落ちたら、確保者も....。その後誰も行ってくれないと....。何故か行くハメになってしまった。ネットで調べたが、不行岳は全然載ってない。関西の岩場のルート図もあてにならないし、発表した本人も解らないらしい。前日午前中まで雨だったので、やっぱり岩が濡れている。不行沢のチョックストーンから少し登り、遭難碑の所から始まる。岩が濡れているので、2ピンで敗退。
 何故か?、ほっとする自分がある。地蔵岳だったら濡れてないと言う事で、登る事にした。こちらの方は、人が沢山いる。その中を縫って登り、12時前に終わる。下山途中から雨が降ってくる。逆くの字ルート、行かなくて本当に良かった。


【4】10月17日
 再度、挑戦。不行岳−逆くの字ルートに。車に乗ってから気がついた。緊張のせいか、へルメットを忘れた事を。あそこは落石が多いし、脆いので絶対必要だと。どうしょう?。道中「コーナン」がない?。沈黙?。幸い、作業着などを売る店を見つけ、工事用のへルメットをゲットした。先ずは一安心。でも嫌な予感がする。いやゲット出来たから前向きに考えようと自分に言い聞かせる。
 先日の取り付きに着く。今回は、Kさんが全部リードすると言う。急に気持ちが楽になる。右ルートと左ルートがあるが、右のフェースから登り始める。ピンと登る位置が離れて、少し怖い。バランスが必要である。上はバンド状になっている。次のピンを探しながら左上。続いているピン発見。登り始めるが、行き詰まっている。2人共アブミは持参してない。このルートは人工ではA0と書いてある。一旦降りてきたが、荷物を置いて、又挑戦。少しむきになっている様子。この場所は日が当たらなく、ジメッとしているので、私は寒くて仕方がない。確保の時問が長く感じる。ピンが動いたらしく、ここは違う難しすぎると言い、降りて来た。落ち着いて貰わなきゃと思った。少し休憩。バンドをもっと左上して登ると、クラック状に2、3本のピン発見。前より優しそうだが、A0から始まった。順調に進んでいる、後何mと声がする。どんどんロープが流れていく。大丈夫かと気になりだした頃、解除と言う声が聞こえてくる。次セカンドで登ると、続けて2ピッチ登っていた。終了点は大丈夫みたい。3ピッチ目、少し右にトラバース。ピンが無いと言いながら進んで行く。小石が落ちてきた見たいだが、後で聞くとハーケンがグラグラなので、落としたみたい。次は私。ここが核心部らしいチムニー、木を乗っこして、左上する。確かにピンはボロボロであるが、以外と沢山あるが、テンションを掛けたら駄目だと思い、A0で登る。後は優しいから、行けと言うので続けて進む。弓状クラック右ルートの終了と同じ所に出る。リードしてないせいか、感激度はいまいち。でも、不行岳は終わる。
 行きたい人がおれば、いつでも道案内はします。      HONDAより


(本多)